先週土曜日 東京上野の国立科学博物館に行ってきました。
『金 GOLD』の歴史、化学分析、北海道の金についてそれぞれの専門家のお話があり
興味深く聞いてまいりました。
そのうち面白そうなお話いくつかをお伝えいたします。
金の勾玉
勾玉といえば翡翠、とすぐ連想しますが 唯一和歌山県の車駕之古址古墳から金の勾玉が出土しています。
和歌山県立博物館に展示されていてご存知の方が多いと思いますが・・・・。
(勾玉 金 車駕之古址) で検索
大陸から日本に金が紹介されたのは縄文から弥生時代に変わる頃といわれます。
日本で初めて金が採れた場所はどこ?
日本で始めて金を産したのは陸奥の国の小田郡(現在の宮城県涌谷町)といわれます。
天平21年(749年)のことで砂金です。
この砂金約900両(約13Kg)が朝廷に献上されました。朝廷では当時大仏建立を計画しており金メッキするために
大量の金を必要としていたので大いに喜ばれました。
佐渡金山 掘り出した総量は 重さ 何トン?
1601年徳川幕府により本格的に採掘をはじめ、1989年(平成元年)閉山しました。
総産金量は約83トンです。これを体積にすると1辺が約1.6メートルの立方体となります。
ウーン (~_~;)
400年間も掘ってたったのこれだけ!!、という感じですが1年平均では約210Kgですからまあ、そんなもんか というところです。
現在、日本で唯一稼動している鹿児島県の菱刈金山は1981年に発見されましたが既に佐渡金山の総産出量を超えています。
それでは世界の国別産出量は?というと 中国、南アフリカ、オーストラリアの順で日本は30位なんです。
これまで人類が産出した金は約15万トン、埋蔵量は約4万トンといわれます。(田中貴金属 (株))
海水から吸着採取は今のところきわめて低く、海底の熱水鉱床などが期待されているそうです。
それより身近な日本の都市鉱山は世界の金埋蔵量の16%と昨年独立行政法人物質・材料研究機構 が発表しています。
北海道の砂金
戦国時代には北海道でも金が採れることは分かっていましたが松前藩主慶広は藩の安泰のために領地内の金の採取を禁じていました。当事天下を制していた秀吉は金銀山は公儀のものとし直轄地としていたのです。
松前公広の代になってから江戸幕府の許可を得て採掘を開始しましたが50年ほどして日高・十勝のアイヌ部族の支配地域に侵入して戦いとなり200人以上砂金堀が殺されました。
以降北海道での砂金堀は禁止され230年後の明治23年に再開されたといいます。
函館市の西、知内川(しりうちがわ)の上、支流地域は現在でも趣味者の格好の砂金採取場所になっているそうです。
全国の主だった河川でも金が採れます。よ!。
ただし とても採算には合いませんが。
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